毎度当ブログをご贔屓頂きましてありがとうございます。
東日本大震災から10年、改めて振り返っても未曾有の出来事で、人間の無力を思い知らされたことを思い出します。
関西に居る私ですら、ですので、被災された方々のこの10年のご苦労と哀しみはいかばかりかと、私の足りない頭では想像すらかないません。
普段の生活のありがたみと、平時からの備えを改めて見つめなおしてみたいと思います。
そんな中、東日本ではダイヤ改正で185系が定期運用を離脱することになり、本日はその兄貴分だったこちらの車両のBトレインショーティーをご紹介したいと思います。
JR東海 117系 東海色(1本帯) です。
JR東日本で定期運用を失う185系は、急行型電車153系の置き換えと言う目的と足回り等の設計が共通する兄弟車両でで、117系の方が『兄貴』になります。
同じ設計思想で製造されながら、185系はデッキ付きの特別料金の必要な特急/新特急用、片や117系は特別料金不要の新快速用でデッキ無しの車両となったことには、関西私鉄と国鉄の激闘が大きく関わっていますが、今回の記事ではその件は割愛させて頂きます。
117系は京阪神地区の新快速運用を目的に製造されましたが、京阪神エリアよりも少し遅れて、東海エリアにも快速運用に就いていた153系の置き換えを目的として1982年に投入されました。
国鉄時代は京阪神と同じくクリーム地にこげ茶の帯を巻いた姿で活躍しいていたそうです。
後年JR化し311系が登場したころに合わせて、JR東海のアイボリー地にコーポレートカラーのオレンジの帯を巻く姿に改められました。
変更当初は隣の車両のような太帯/細帯からなる2本帯を巻き、雨樋下にもオレンジ帯を巻いておりましたが、後年塗装が簡略化され1本帯に改められています。
その姿を再現したのが今回のBトレインショーティーとなります。
東海地区でも117系は新快速・快速運用に活躍しました。
後年、311系が登場すると新快速の運用を更新に譲るも、快速運用を主戦場として走り続けました。
しかし、313系の登場により、快速電車の最高速度が120km/時に引き上げられ、普通電車も211系5000番台の性能を基にダイヤ編成がされるようになります。
そうなると最高速度、加速性能共に追いつけなくなった117系はメインの運用を外れ、朝晩ラッシュ時のお手伝いだけの運用になったとの事。
そうなると、日中は大垣車両区や豊橋・熱田・大府等の留置線で眠ることが増えたそうです。
それでもまだ貴重な戦力としてご奉公を続けていましたが、2010年に313系の4次車の投入が始まると、廃車が進んでいきました。
2013年のダイヤ改正で定期運用を離脱すると、そこから1年もたたないうちに全廃されました。
JR西日本では関西・中国でまだまだ運用されていた時だっただけに、JR東海の新陳代謝の速さには驚きます。
その裏には東海道新幹線というドル箱を抱えており、こういった設備投資が積極的に行えるほどJR東海の財務体質が極めて良いことが挙げられます。
(こういった状況もコロナ禍で様相が少し変わるかもしれませんが…)
そういったこともあり、JR東海は国鉄より継承した車両の残存率が極めて低くなっており、117系もそのあおりを受けた引退しました。
しかし裏返せば新車両を積極的に導入し、都市路線からローカル線に至るまで接客設備やサービスの向上に努めているとも言えるかと思います。
東の兄弟は定期運用を離脱し、西の兄弟は「WEST EXPRESS 銀河」に生まれ変わったりしていますが、早々に鬼籍に入ってしまった東海色の117系の活躍も忘れないよう、Bトレの中だけでも生き生きと活躍させてあげたいと思います。
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