毎度当ブログを御贔屓いただきまして、誠にありがとうございます。
オリンピックのフィギュアスケート、羽生結弦選手が4位という結果に終わりました。
ショートプログラムで他の選手がリンクにあけた穴にはスケートのブレードがはまってしまうという不運もありましたが、とても健闘したのではないでしょうか。
小さくまとめればメダルが取れる、という位置に居ながら、それを良しとせず攻めに攻めまくった結果、というところに熱いものを感じます。
オリンピック連覇し、それでもなお成長を続けようとする姿には頭が下がります。
銀の鍵山優真選手、銅の宇野昌磨選手、そして異次元の点数をたたき出した金メダルのネイサン・チェン選手と共に、間違いなく伝説に残るスケーターだと思います。
本日ご紹介するBトレインショーティーは、羽生選手のような?ブルーの衣装をまとったこちらの車両です。国鉄 119系 飯田線色 です。
なんだか最近南海31000系といい、西武E851形といい、当サイトのご紹介が「勾配」づいている気がします…。
119系は国鉄の中でも極めて特異な存在でした。
それは119系が飯田線に投入されることを前提に設計製作された点に集約されます。
119系の登場は1982年です。
この当時、中部地方の電化ローカル線には、まだ吊り掛け駆動と呼ばれる旧式の機構を持ったいわゆる「旧型国電」がまだ残っていました。dododotoh.hatenablog.com
このうち、身延線や大糸線には、それなりの輸送量が期待できることと、勾配への対応が必要なことから、115系を投入して旧型国電を置きかえていました。
一方豊橋から辰野までを結ぶ飯田線には、特殊な事情がありました。
もともとは4社の鉄道会社がそれぞれ建設した私鉄路線で、長距離輸送を目的としておらず、集落と集落を結ぶ鉄道として敷設されています。
第二次世界大戦時に国有化され一本の「飯田線」となったものの、上述の出自故、駅間が短くカーブや勾配も多く線形が良くない路線でした。
また、閑散区間も多いため、旧型国電2両での運用がなされており、駅間が長い区間を得意とする近郊型車両で、クモハ115形製造後は最低3両1ユニットで用いていた115系の投入に向かない路線でした。
そこで、飯田線の車両を近代化するために、「駅間短いわりに運用区間は長い」「短編成運用と勾配への対応必要」等の特徴に対応する車両として設計製造されたのが119系です。
先に電化ローカル区間の旧型国電置き換え用に登場していた、加速性能重視で2両1ユニットで運用可能な105系に、抑速ブレーキや耐寒設備などを装備させた車両となっています。
また長距離の運用となることから車内設備をセミクロスシートとし、トイレを設けたことも105系との差でしたが、外観は相似形となっていて、名実ともに兄弟車両となっています。dododotoh.hatenablog.com
57両が投入され、飯田線に残っていた旧型国電を一掃しました。
登場時はこのBトレの様な沿線を流れる天竜川をイメージしたブルーの塗色を纏っていました。
JR化後は飯田線専用という背景もありJR東海に全車継承されました。
119系はその性能故、駅間の短い路線に向いていたのですが、裏を返せば最高速度が遅く、駅間の長い路線の運用には不向きで、JR東海の管内では飯田線以外の転用先が見当たらない状況でした。
2012年を最後に飯田線を去り、JR東海からは全廃されましたが、一部の車両はえちぜん鉄道へ移籍し、前面形状などは変わってしまいましたが、同社でまだ現役を続けているそうです。
JR東海以外ったらまだ現役だったかも?と思いつつ、登場時の119系の姿をBトレで再現しながら、飯田線の近代化にその身を捧げた119系の功績を讃えたいと思います。
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![ザ・ラストラン 119系飯田線 [ (鉄道) ] ザ・ラストラン 119系飯田線 [ (鉄道) ]](https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/0491/4562266010491.jpg?_ex=128x128)
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