京阪神急行B支線

百々怒涛(どどどとー) と申します。関西モノを中心に色々なBトレインショーティーを収集しています。鉄道趣味の中でもニッチな沼に肩まで浸っております。図鑑的にご覧頂ければ幸いです。

東京急行電鉄 8000系 未更新車 赤帯

毎度当ブログを御贔屓いただきまして、誠にありがとうございます。

この週末は緊急事態も明けたという事で、パンダに会いに行きます。

皆様のブログへのご訪問やコメント返信が滞るかもしれませんが、ご容赦の程お願い申し上げます。

はてなブログ10周年、おめでとうございます。

10周年という事で、10にまつわるブログのお題を募集されていますが、「この10年で変わったこと」というお題に対して、少し自分自身を顧みてみようと思い、参加すべく考えをまとめはじめました。

私自身はこの10年でずいぶんと趣味の内容が変質しました。

現在では御覧の通り立派な沼の住人となっておりますが、10年前は別人のようでした。

そんなことを考えながら書いていると、とんでもなくダークな内容になってしまい、さすがにこのまま投稿はできん、と思い大幅修正中ですが締め切りに間に合うかどうか…。

本日ご紹介するBトレインショーティーは、私が今の私でなかった頃に引退をしてしまったこちらの車両です。東急8000系 赤帯 Bトレ東京急行電鉄 8000系 未更新車 赤帯 です。東急8000系 赤帯 Bトレ私にとって「ザ・東急!」な車両です。

dododotoh.hatenablog.com

東急8000系 赤帯 Bトレ登場は1969年と、かなり古い車両になります。東急8000系 赤帯 Bトレ東急のステンレス車両の系譜は、日本でのステンレス車普及の始祖と言ってもよいかと思います。東急8000系 赤帯 Bトレ1958年に東急5200系、通称「ステンレスガエル」が登場して以降、東急はステンレス車導入へと一気に傾倒していきます。東急8000系 赤帯 Bトレ5200系に始まり、6000系を経て1962年にはアメリカ バッド社と東急車両が技術提携して作り上げた日本初のオールステンレス車7000系が登場します。東急8000系 赤帯 Bトレ以降、一部アルミ試作車や軌道線の車両を除けば、一貫してオールステンレス車を採用し続けています。東急8000系 赤帯 Bトレ東急オールステンレス車は、400両製造され現在でも現役の8500系で完成を見ますが、その先兵となったのがこの8000系です。東急8000系 赤帯 Bトレそれまでの車長18m車に代わり、20mの大型車体と両開き4扉が採用され、以降日比谷線乗り入れ車両や、池上線・多摩川線等を除く主要幹線車両のスタンダードが8000系によって確立されました。東急8000系 赤帯 Bトレこうやって考えると、いろんな意味でパイオニアだったのだなあと思います。東急8000系 赤帯 Bトレ主に東横線大井町線に投入され、一部東横線に残っていた旧式吊掛駆動車を完全に置き換えました。f:id:dododotoh:20211026174402j:plain前面形状は、他社の同世代車両が流線形だなんだと意匠を凝らしていく中、鉈で叩き切ったようにまっ平!東急8000系 赤帯 Bトレそしてステンレス無塗装の姿はまさに虚飾を排した機能美にあふれた姿だといえるかと思います。東急8000系 赤帯 Bトレライトの配置はどこかしら同じ系列番号を持ち、同じく機能美に特化し「私鉄の103系」と呼ばれ東武8000系の更新前に近いのかもしれません。

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東急8000系 赤帯 Bトレその後、東急8000系の前面に赤い帯が配されるようになりました。東急8000系 赤帯 Bトレ何故?というのはよくわかりませんが、8500系の前面に、半蔵門線乗入用の規格として路線識別用と警戒色を兼ねた赤帯が巻かれたことが始まりで、その後8000系が追従したという事のようです。東急8000系 赤帯 Bトレ更に後には更新工事を施した車両には派手なメークが施され、この塗装は歌舞伎の隈取りに見えることから「歌舞伎塗装」と呼ばれました。東急8000系 赤帯 Bトレ一貫して東横線大井町線で用いられたそうですが、2008年に大井町線からの運用離脱を以て東急の鉄路からは去ってしまいました。東急8000系 赤帯 Bトレ伊豆急行インドネシアに譲渡された車両が、現在でも現役のようですので、東急8000系の赤帯姿のBトレのご紹介を以て、現役を続ける車両へのエールとしたいと思います。

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